たんぽぽはるかの日常

39歳で初めて妊娠、40歳で自宅出産、41歳でエンジョイ育児。

ケータイを持たないワケ

 ケータイに頼れば、「今彼女はどこにいるかな」すぐわかるけれど。なかったら、感じるか考えることしかできない。
 はるかがケータイを持っていないから、「困るよぉ。」と友達は言うけれど、いつも会う必要があるときは、最終的に会えるんだよ。
 自分の触角(アンテナ)を最大限に伸ばして、感じます。
 そうすれば、必要な情報やもの、人のつながりは自ずと自分の中に入ってくる。不思議だけれど、どうしようもなく本当。
 京都という地は、これがやりやすい。情報もものも人も小さな空間に凝縮されているからね。
 最近は、誰かと誰かが偶然に、おもいもかけないつながりを持っていたり、同時に似たことを考えたり、偶然行き会ったりすることに驚かなくなってきた。どうやらこれは当然のことのようだよ。多すぎるもの。
 ケータイがあってもなくても、関係なくそうだよ。という人もいるかもしれないけれど、とりあえずはるかはあったら間違いなく鈍るので、持たないようにしているよ。

 自分が魔法使いなら、はるかが思うように事が進むのだろうけど、そうではないんだな。結果的に「なるほどそうきたか!」と思わせるものなんだよ。

ちなみに、「人に捕まるのが嫌でケータイもたないなら、電源切っとけば?」と言われるんだけど、結局イライラするのは周りなんだよ。持ってなければ、はなからあきらめるけど、持っているのにかからなかったら、イライラするだろ!?

不便?そらあるさ。公衆電話はとことん減ってるし。自分はだらしない人間だし。だけど、不便を楽しむ余裕があるときの自分は、本当にステキだよ。公共の場でケータイぷちぷちいじったり、べらべら話してる人見ると、なんかこの瞬間を一人で楽しむ方法を知らないように映ったりして、「貧しさ」を感じることがあるよ。

---とか言っといて、大学の入試で寸前までケータイで話してたり、入学式の日に長崎のローカル番組に、「いまどきの新入生」みたいなんで、ケータイで話しながら歩いている自分がガンガンに映っていたのを棚に上げているなんてあんまりかしら!? 人間変わるよなぁ