たんぽぽはるかの日常

39歳で初めて妊娠、40歳で自宅出産、41歳でエンジョイ育児。

はるか株がもっとも急上昇した日 つづく

毎日、午前中は講義、午後はワークショップが行われた。
講義と言っても、日本の大学の授業みたいな感じではなく、
その都度、対話を通じて質問が許されているので、なかなか前に進まない。

昔、デンマークから帰ってすぐの頃、誰かの発表で、発表の最中にいちいち質問したら、すごく嫌がられたっけ。
質問時間は最後にありますので、だまって聞いてください。って感じで。
デンマークの学校で、7ヶ月間受けた教育は、日本の講演スタイルとだいぶ違ったことを実感した。
でもこの7,8年、すっかりそういうスタイルになじみがないので、
むしろ、「そんな質問は後にしてよ。」と、日本人的に思うのだった。
自分の主軸がどこにあるかで、態度が180度変わるもんだと思った。
この変われることって、大事だと思ってるけど。

ある日、交通(運輸部門)についての講義で、交通コンサルタントの人が話をしていたときに、
ここには、絶対「情報」という項目が不可欠だ!と思った。
これは、最後の質問タイムを待っていたら、永遠に自分の質問は公にならないぞ!と、手を挙げた。

『ここに「情報」が欠けている。私たちは、情報によって、消費を強いられてもいる。そうとは気づかずにいるのが問題なんだ。』
と言った。私たちのこの社会は、情報という、もはや誰がリードしているのかもわからないものによって、リードされている。と言いたかった。
information ではなく、advertisementという単語を使うべきだったのかもしれない。
先生は、「そうね。でも情報にはいい面もある。情報があるおかげで、正しく判断もできるでしょ」と言った。

なんか、違うなぁ。と思った。
言い得ているけど、はるかが言いたかったことと違うな。って。

それで、そのあとの食事の時間、ブラジル人のジョージが、「あの先生は、はるかの言っていること、わかってないよ。」と、やってきてくれた。
あっ、仲間。
自分が発言をすると、同意する人は、同意してくれていることを表現してくれる。友達がたくさんできた。

だから、はるかも、遺伝子組換えに関する講義のあと、まったく同感だった意見の友達に、私はあなたに同感しているよ。と言った。
なんか、気持ちいいなぁ。と思った。
自分の中で絶えず何かを考えていれば、(受動的に人の話を聞くのでなく、能動的に聞いていれば)多くを生むなと思った。
その点で、アヤは、絶えず自分の意見を言ってた。
彼女ははるかの憧れだよ。最後まで、好きだよってことを態度でいろいろ表現したけど、言葉にして表現しなかったなぁ。
パレスチナ人って、態度でくみ取ってくれるんかな。
最後のお別れのとき、朝4時に私は見送ったっけ。そしたら、まるまったYou got a friendの歌詞カードをくれた。寝ぼけてて、感動がいまいちだったわ。