たんぽぽはるかの日常

39歳で初めて妊娠、40歳で自宅出産、41歳でエンジョイ育児。

最後の授業~コメンスメントの後で

17回の授業を終え、私の受け持った授業は今年度で終了することを知った。
選択科目で、受講する生徒の数が少なかったがため。
すでに自分の人生で、幻ののような半年です。

コメンスメント(卒業式) 始まりの日 の式にも参列した。
とっても感動的な式で、何度も涙をふきました。
卒業生の格好が全員てんでバラバラで、さすが個性を大事にする学校だけありました。
2年生が作ってくれたコサージュだけがお揃いで、それがまた、全員にとても似合っていました。

最後の数回は、Rと二人の授業でした。

最後の授業の途中で、ひとつワークをやりました。
無人島に向こう50年住むことになった。そこで新しいsocietyを創る。さて、あなたはどの12人を連れて行く?」というもの。
(その前の週は、無人島に持って行くアイテムについてのワークを授業の最後にやっていました。)

20人の中から12人を選ぶのだけど、
Rは、まず8人を迷わず選びました。
ザンビア人の医者
・もろこし農家の農夫
・妊娠している教師
・無職の黒人ティーンネージャー
・50歳の軍曹
・ゲイの看護師
・ジャズミュージシャン
・大工さんfrom a distant area who speaks a language which is not well known
それから、「まだ選べるやん!」と言って12人までをほぼ迷わず選びました。
Disabled bank clerk は、「disabledの意味があまりわからなかったけど選んだ」と言いました。
なので、disabledの意味は、身体が不自由なことの意味だよと教えました。
すると、彼女は、「それならば、なおのこと連れて行く」と話してくれました。

その理由は、「事例になるから」だと。

向こう50年の無人島で、生まれた子どもの中に障害をもった子がいたとする。もしも、障害をもった人のことを誰も知らなかったら、差別される可能性があるから。殺される恐れもあるから。
だから、最初に連れて行く中には、身体の不自由な人はいた方がいい と。

私は、ハタチの時にこのワークをデンマークでやった形跡があります(記憶は鮮明ではない)けれど、健常者か障害者かに関係なく、無人島に銀行員は不要だと思ったはずです。(現在と思考回路がほとんど変わらないのでおそらくそう。)

Rからは本当に多くを学びました。
Tからも視野を広げてもらう多くの考えを吸収しました。

どの子もハッピーに前進してくれますように。
心からの願いを込めて。